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ー 50歳からの心と暮らしの整え方 ー 成瀬汐里のブログ

忘れられない思い出からのメッセージを受け取って日々を大切に過ごす

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成瀬汐里(ゆうりん)1969年生まれ。心と暮らしが満たされる生き方|不動産投資家。ファイナンシャルプランナー、コーチングマイウェイ認定コーチ、ポジティブ心理学、元お金系認定講師、インテリアコーディネーター、マヤ暦アドバイザー。 東京と地方の二拠点生活。30年間住宅業界に従事、管理職を経験。家事、子育てを両立しながら家族のお弁当を27年間作り続ける。50歳を迎えたタイミングで子供が大学を卒業し、社会人になったのを機にサラリーマンを卒業し起業。しかし半年後に腹部に痛みが出始め、わずか10日間で歩行困難に。「脊髄炎」と診断。 退院後1年半の病気療養とリハビリを経てほぼ完治。 病気になる以前は大きな病気もせず、体が丈夫であることが取り得だと過信していたが病気療養という「人生の休憩時間」を持てたことで、自分の人生、健康、家族についてじっくり考える機会に。 30年間の会社員生活を通しての経験や仕事や子育てや家事との両立、40代後半に不動産投資を開始したこと、1年半の病気療養生活から分かった日常の大切さや"あたりまえ"の愛おしさをブログで発信。自身がアドバイザーでもあるマヤ暦のことも時々発信している。 マヤ暦KINナンバー:K91 青い猿/青い嵐/音13 ガイド: 青い鷲
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昨日福島の家に帰ってきてから、雪が降り出し、今朝も残っています。

東京の家を出る時にはちょうど雨が降り出し、その流れのまま福島も雨でしたが、家に着いた途端に粒の大きな雪が降ってきました。

同じ日本でも、寒さが違いますね。

昨日は、改めてそんなことを感じました。

身震いする寒さと乾燥

そうそう、東京を出る時も雨でしたが、福島も同じような降り方だったんです。

しとしと、という感じ。

 

でもね、寒さが違っていました。

ゾクゾクという身震いがしました。

 

家に入って窓の外を見ると、大きな粒の雪に変わっていました。

昨夜は、21時半過ぎからzoomミーティングがあって、終わったのは23時過ぎ、それから少しデスクワークをしてお風呂に入ったのが、深夜の1時過ぎでした。

 

でね、お風呂から上がって化粧水を顔につけても、全然びちゃびちゃにならないんです。

浸透してしまって、すぐに乾いてしまう。

 

東京では2回ぐらい顔にパチャパチャすると、顔がびちゃびちゃになったんですが、昨日は何度やってもすぐに乾いてしまって、途中で「まぁいいや」って諦めてしまいました。笑

こんなことを実感したのは、はじめてでした。

 

確かに、zoom越しに見る自分の顔を見ながら、「なんかシワっぽい」とは思ったんです。笑

ちゃーんと、正直に出るんですね。

 

今朝起きた時も、ツッパリ感がありました。

シワができると老け込みますので、肌をちゃんと水分で満たしてあげないとですね。

 

 

満たす!!

?、満たす!!

これって大事ですね!

 

「心と暮らしが満たされるライフナビゲーター」として活動しながらも、気付かなかった⁉︎

肌も水分で満たしてあげないと、乾いてきますね。

 

もっと突き詰めると、細胞まで影響をしてくるので、食べているものも大切ですよね。(今更…)

ってことは、日々の小さいことにも気を使ってあげないと、自分を満たしてあげられないですね。

 

それが「心地いい」とか「穏やかな気持ちになる」という感覚になっていて、分かりやすく表現すると「満たされる」になるんですね。

おぉ! 今朝は、大切なことを気付かされたみたいです。

 

 

忘れられない思い出からのメッセージ

冒頭で、大粒の雪の話をしましたが、大きな雪の粒を見るといつも思い出すことがあるんです。

病気になった時、痛み出してから1週間経った時に、体の痛みと左足の温覚と痛覚を感じなくなっていることに気付いて、怖くなって都心の大きな病院に足を運んだんです。

 

しかし、診察を断られて、「さて、どうしようか」と、駅まで傘を杖代わりにして歩いている最中も、容赦なく雪は降っていて、すごく悲しい気持ちになったのを思い出します。

珍しく、東京に雪が積もった日でした。

 

昨日もリビングの窓から粒の大きな雪を見ながら、そんなことを思い出しました。

あの日の病院の帰り、横断歩道をまだ渡りきれずに小さな歩幅で焦りながら歩いていると、その時誰かが手を引いてギリギリ渡ることができたんです。

 

「すみません」と言いながら顔を見ると、それは息子でした。

私が家を出る時は起きたばかりで、午前中の診察の受付に間に合うように、私が先に家を出ていたんです。

 

息子は、後から追いかけてきてくれて、駅に着いた時に連絡をくれたんですが、改札をまだ出ていないと言っていたので、そのまま改札を出ないで待つように伝えていたんです。

しかし、息子が大学時代に利用していた駅なので、地理感は分かるでしょうから、待てど暮らせど戻ってこない母親を迎えにきてくれたんですね。

 

手には、袋に入った飲み物を2本持っていました。

夕方は、埼玉の友達から電話をもらい、携帯電話を拡声にしながら症状を伝えると「いい加減に救急車を呼んで!」と叱られました。

 

その会話中娘が入ってきて、友人に「そうですよね!そう思うんですが、まだ大丈夫って母が言うんです。今から呼びます!」救急車を呼んでくれたんです。

私は、まだこんなもんで救急車を呼ぶまででもないと思っていましたから。

 

多分、吐血とか、心肺停止レベルじゃないと、救急隊員の手を煩わせるわけにはいかないと思っていたんですよね。

娘がいてくれたおかげで救急車を呼んでもらえたし、今こうやって普通の生活が送れるようになりました。

 

娘と息子には、本当に感謝です。

 

 

ここのところ、睡眠時間を削ることが多かったので、大粒の雪は、生かされた命を大切にしなさいというメッセージなのかもしれません。

時間の使い方の工夫をしないといけないですね。

 

さて、今日もzoomでの打ち合わせが、午前、午後、夜21:00〜と3本あります。

夜のzoomが終わったら、すぐにお風呂に入ってすぐに寝れるように、効率よくしないといけないですね。

 

今日の目標は、「時間の使い方を意識して12時前には寝る!」にしたいと思います。

皆さんも、素敵な1日を。

 

 

 

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成瀬汐里(ゆうりん)1969年生まれ。心と暮らしが満たされる生き方|不動産投資家。ファイナンシャルプランナー、コーチングマイウェイ認定コーチ、ポジティブ心理学、元お金系認定講師、インテリアコーディネーター、マヤ暦アドバイザー。 東京と地方の二拠点生活。30年間住宅業界に従事、管理職を経験。家事、子育てを両立しながら家族のお弁当を27年間作り続ける。50歳を迎えたタイミングで子供が大学を卒業し、社会人になったのを機にサラリーマンを卒業し起業。しかし半年後に腹部に痛みが出始め、わずか10日間で歩行困難に。「脊髄炎」と診断。 退院後1年半の病気療養とリハビリを経てほぼ完治。 病気になる以前は大きな病気もせず、体が丈夫であることが取り得だと過信していたが病気療養という「人生の休憩時間」を持てたことで、自分の人生、健康、家族についてじっくり考える機会に。 30年間の会社員生活を通しての経験や仕事や子育てや家事との両立、40代後半に不動産投資を開始したこと、1年半の病気療養生活から分かった日常の大切さや"あたりまえ"の愛おしさをブログで発信。自身がアドバイザーでもあるマヤ暦のことも時々発信している。 マヤ暦KINナンバー:K91 青い猿/青い嵐/音13 ガイド: 青い鷲
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