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ー 50歳からの心と暮らしの整え方 ー 成瀬汐里のブログ

マヤ暦の流れと重なった53歳の誕生日は新たな時代が始まるスタートの年②

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成瀬汐里(ゆうりん)1969年生まれ。50代からの心と暮らしの整え方研究家。ファイナンシャルプランナー、インテリアコーディネーター、マヤ暦アドバイザー。元お金系認定講師。東京と地方の二拠点生活。30年間住宅関係の仕事と家事と子育てを両立しながら、家族のお弁当も毎日作り続けて管理職も経験。子供が大学を卒業し社会人になったのを機にサラリーマンを卒業。自分のやりたいことを始めた矢先の50歳に原因不明の腹部の痛みに襲われ発病からわずか10日間で歩行困難に。「脊髄炎」と診断。 退院後1年半の病気療養とリハビリを経て、現在は日常生活ができるまで克服。病気になる前は大きな病気もせずに丈夫な体だけが取り得だと過信していた。病気療養という「人生の休憩時間」を持てたことで、自分の人生、健康、家族についてじっくり考える機会に。30年間の会社員生活を通しての経験、子育てや家事との両立、40代後半に入ってから仕事と投資の学校との両立での学び、1年半の病気療養生活から分かった日常の大切さや"あたりまえ"の愛おしさをブログで発信。自身がアドバイザーでもあるマヤ暦のことも時々発信している。 マヤ暦KINナンバー:K91 青い猿/青い嵐/音13 ガイド: 青い鷲
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前回からの続きで、マヤ暦でいう「青の時代」から「黄色の時代」へ移る53歳を迎えて、青の時代に起きた不思議なことを書きたいと思います。

前回は、青の時代に1度だけ周る”黒キン”に起きた必然ともいえる出来事について書きました。

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マヤ暦の流れと重なった53歳の誕生日は新たな時代が始まるスタートの年①

病気になった年の年周りの易経は「天山遯」

私が病気になった年は、「青の時代の11年目」が終わる約2ヶ月前でした。

マヤ暦では、赤、白、青、黄の時代が、それぞれ13年間続きます。

 

各時代の11年目は、「壊す、破壊、浄化」の年と言われていて、私は仕事で忙しく過ごしていました。

あまり自分の健康のことは気にかけていませんでしたので、結構無理もしていたと思います。

 

私は「寝ないでも働ける」というくらい、タフな青い嵐の紋章を持っていますので、当時はこの青い嵐の紋章の通りに動いていました。

しかし「仕事のやり方を変えなければならないな」と思い始めたと同時に、珍しく「少し休みたいな」とも思っていました。

 

そう思いながら、新年を田舎で家族水入らずで迎え、ゆっくり休むこともできました。

しかし東京へ戻った2日後に、突然体が痛みだしたのでした。

 

もう少しで、青の時代の11年目が終わるという時でした。

この年の易経でみる年周りは、「天山遯」という易経で、天山遯の意味は「退く、逃れる」というような意味があります。

 

東京の病院で病気をみつけることができなかったので、田舎にある地元の総合病院で診てもらうために帰ってきた日は「艮為山」という、山や田舎に関係のある易経が周っている日だったのです。

マヤ暦を勉強してこれらの意味を知った時に、「一旦田舎に退け」ということだったのかと思いました。

 

偶然にも「天山遯」と「艮為山」が周っていたこれらの日には、私が太陽の紋章で持っている「青い猿」という紋章が両日とも周っていました。

更に、最近知ったことなのですが、私が田舎に帰って来た「艮為山」の日のKINナンバーは、なんと夫の母のKINナンバーの日だったということも分かりました。

 

偶然とは言えないくらい、必然であるかのように起きていたことでした。

 

 

田舎に戻ってすぐに伯母が亡くなったと連絡が入る

-入院中の病室からの景色-

 

実は、田舎に帰ってきた日は2週間前の東京に戻る前日に、お見舞いに行った伯母さんが亡くなった日でもありました。

郡山に到着してすぐに、従姉妹から伯母さんが亡くなったと連絡がきました。

 

この連絡がきた時に私は、「伯母さんが私を田舎に戻したのかな」と思いました。

実は、私と亡くなった伯母さんはあまり仲が良くはありませんでした。

 

なので、あまり行き来することもなく、だいぶ会ってはいませんでした。

いつも身なりには気を遣っている伯母さんでしたのでそのイメージがとても強かったのですが、2週間前にお見舞いに行った時の伯母さんの姿は、全く違っていました。

 

意識もなく、呼吸をするために必要な管とその機械が周りに置いてあって、元気な姿しか印象になかった私はかなりショックを受けました。

私は思わず、動かない伯母さんの手を握り溢れてくる涙を堪えずにはいられませんでした。

 

「もしかしたら、会えるのはこれが最後かもしれない」と思うと余計に涙が止まりませんでした。

それから2週間後、偶然にもおばさんと同じ病棟、同じフロアに自分も入院することになったのです。

 

まさか自分が2週間後に入院をすることもそうですが、伯母さんと同じフロアに入院をするなんて思ってもいませんでした。

 

 




入院した日と53歳の誕生日の関係性

東京から帰ってきた翌日から、2日間にわたって検査をしました。

検査が終わり、病名も判明しましたが、ベットの空きがなくて直ぐには入院ができませんでした。

 

病院のベットが空くのが2日後なので、病気が分かったその日からステロイド治療を開始し、その日は一旦帰宅しました。

それまで激しい痛みで寝ることも、椅子に座ってもたれることもできませんでしたがピタリと痛みが治まりました。

 

おかげで、入院の準備ができたのと仕事関係の方々に連絡をすることができたので、迷惑をかけずにすみました。

 

 

それから2日後に入院をすることができた日はK IN195の日でした。

この日は、私のガイドの”青い鷲”とWSの”青い嵐”がガイドで流れていた日で、音も私と同じ13でした。

 

いつもそうですが、何かここぞという時は必ず私のガイドの”青い鷲”のエネルギーが流れています。

本当に不思議だなと思います。

 

そして、マヤ暦の勉強を深めれば深めるほどびっくりさせられることもありました。

K195の”鏡の向こう”はK66で「白い世界の橋渡し」音1というエネルギーです。

「白い世界の橋渡し」のキーワードが「死と再生」だったことも分かり、強いメッセージを感じました。

「私は生きてよかったんだ」と思ったら、胸が熱くなって涙が流れました。

 

 

今年の誕生日から「黄色の時代」が始まりK196が周る

-友人からの誕生日プレゼント-

K195→鏡の向こう:K66、絶対反対KIN:65

K196→鏡の向こう:K65、絶対反対KIN66

 

私は今年の誕生日(3/15)からK196が周ります。

このことにも、メッセージが込められていると感じています。

 

53歳を迎え、更に「黄色の時代の1年目」に入るので、今年が本当のRestartの年なのかなと感じています。

東京の病院で病気を見つけられなかったこと、大きな病院で診察を断られた時は、本当に死を意識しました。

 

でもこのことは、マヤ暦を通して必然であり意味のあることだったと分かりました。(他にもありますが割愛します)

「生きてよかったんだよ」というメッセージを大切にして、再生させてもらった人生だと感じていると同時に、このまま終わらせてはいけないという、何か使命的なものを感じずにはいられません。

 

 

2022年をワクワクして生きることを今年の課題にする

マヤ暦を詳しく勉強すると、私が所属している研究会では易経も勉強をします。

 

今年の私の年周りは、易経では「天雷无妄」(てんらいむぼう)。

意味は、「自然体で生きることが良し」「動機を重んじる」「無邪気」といった意味です。

 

マヤ暦ではK196の「黄色い戦士」→「自問自答で心が落ち着く」。

ここ数年、いろんなことがあって考えることも多いのですが、現実を受け止め自然体で過ごすことを大切にする1年にしようと思っています。

 

そして、せっかくもう一度生かせてもらった人生なので、「自分らしく・楽しく・自然体で・笑顔で・人の役に立てるように」で1日1日を大切に過ごしていきたいと思います。

 

 

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成瀬汐里(ゆうりん)1969年生まれ。50代からの心と暮らしの整え方研究家。ファイナンシャルプランナー、インテリアコーディネーター、マヤ暦アドバイザー。元お金系認定講師。東京と地方の二拠点生活。30年間住宅関係の仕事と家事と子育てを両立しながら、家族のお弁当も毎日作り続けて管理職も経験。子供が大学を卒業し社会人になったのを機にサラリーマンを卒業。自分のやりたいことを始めた矢先の50歳に原因不明の腹部の痛みに襲われ発病からわずか10日間で歩行困難に。「脊髄炎」と診断。 退院後1年半の病気療養とリハビリを経て、現在は日常生活ができるまで克服。病気になる前は大きな病気もせずに丈夫な体だけが取り得だと過信していた。病気療養という「人生の休憩時間」を持てたことで、自分の人生、健康、家族についてじっくり考える機会に。30年間の会社員生活を通しての経験、子育てや家事との両立、40代後半に入ってから仕事と投資の学校との両立での学び、1年半の病気療養生活から分かった日常の大切さや"あたりまえ"の愛おしさをブログで発信。自身がアドバイザーでもあるマヤ暦のことも時々発信している。 マヤ暦KINナンバー:K91 青い猿/青い嵐/音13 ガイド: 青い鷲
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